海
2017/02/20
いい時代だった。大通りを闊歩する拝金主義を横目で羨みながら、「武士は食わねど高楊枝」お金はなかったけれど、「ハードボイルド」とうそぶきながら若者らしいロマンを追いかけていられた時代だった。海が好きだった。
時間があると車で約1時間、人気のない真夜中の海水浴場の駐車場で煙草を吸いながら海の音をただ聞いていた。
真っ直ぐに、正直に生きようとしていた。ぶつかる者は僕を避けるようになった。笑顔で僕に話す者は、嘘つきだった。
だけど砂浜に寄せる何百何千と繰り返す波の音は、そのどの一つも僕を否定しなかった。そこには嘘などあろうはずもなかった。
You must be strong. 海は僕にそう教えてくれた。
論語にいう、
「子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静か。知者は楽しみ、仁者は寿ながし。」
川(水)は常に流れ、その動きを止めることはない。自然の中であれば川の姿そのものも常に変化をやめない。創意・工夫・変化に富んだ人生はさぞ楽しいものだろうと思う。斯く云う私自身も転職は4回目、「転がる石に苔はつかない」。良くも悪くも楽しい人生ではあるが、お勧めはできない。
山はどっしりと構え、落ち着き払っている。これもかなり前になるが奈良県の十津川村に旅をしたことがある。宿を出てバス停に向かうまで20分以上歩いたのだが、その時、谷の向こうにそびえる山々のその動かざる姿は、日常の些事に狂奔する自分自身をなんとみじめなものに映したことか。でも変化のない人生に私は耐えられない。
だから海である。
繰り返し繰り返し波は砂浜を滑り、岩をたたく。何千何万と繰り返されるその地道な繰り返しに変化はない。だがやがて、浜や岩は繰り返される波の力によりその姿を変え、そして波もその流れを変える。
You must be strong.
今の自分を信じて、毎日を実直に生きればいい。その地道な繰り返しは、常に小さな変化を生む。今日の自分は明らかに昨日の自分とは異なると信じてよい。そしてある日、流れが大きく変わる。
また論語にいう、
「子曰く、仁者は難きを先にし獲るを後にす。仁と謂うべし。」
まずやってみること。最善を尽くすこと。行動することである。その結果はあるがままに受け入れればいい。
海の営みに目標などありはしない。